アユ釣りと放射能問題
釣り人も漁協も知恵を出し合って釣り場を守ることを……

                  日本友釣同好会 日立支部事務局長

 角田恒巳
 昨年3月11日、M9の東日大震災が起こりました。大津波が発生し、東日本沿岸に甚大な被害をもたらしました。ちょうどアユの遡上期にあたり、沿岸河口付近に集まったアユの稚魚に大きな影響があったことは否めません。さらに、原発事故による放射能問題が追い討ちをかけ、福島県の河川ではアユや渓魚から規制値を超す放射性セシウムが検出され、釣りはおろか川遊びすらできない状態になってしまいました。
 また、日立支部のホームグラウンド久慈川では、解禁前後にそれぞれ複数回アユの放射能検査を行ない、何れも当時許容された1kgあたり500ベクレルの値をクリアしました。これを受け、漁協は勿論のこと日立支部も安全性をPRしました。しかし、値が全くのゼロではなかったことや原発から距離が比較的近いこともあり、釣り人の感情として久慈川への足はかなり遠退きました。
 今年4月から、規制値が100ベクレルに引き下げられたこともあり、もしかしたら東日本の河川でアユや渓魚釣りができなくなってしまうのではないかと、正直心配でなりません。だがチョット待ってよ、釣りまで規制されなくてもよいのではないかという疑問が湧いてきます。何故なら、釣った魚を毎日食べ続けるわけではないからです。釣り人から“釣り”を取り上げないで下さいと、声を大にして言いたいのです。
 そこで、釣りの現場に起こった放射能という新たな問題について考えてみます。まず、単位です。ベクレルとシーベルトはどう違うの?という疑問から出発します。《ベクレル》とは、放射性物質が持っている放射線を出す能力を表わす単位(記号:Bq)で、1秒間に1発の放射能を放すのが1ベクレルになります。一般に、放射性物質とその能力を総称して放射能と呼んでいます。その放射性物質から出てくる放射線を受けた(被曝)場合、身体にどれだけ影響を与えるかという単位が《シーベルト》(記号:Sv)なのです。放射性物質は様々で、放出する放射線の種類やエネルギーも異なり、身体への影響は一様ではありません。このため、放射線の核種や受ける身体の部位なども考慮した換算係数(実効線量係数)を用いて数値化したのがシーベルトなのです。したがって、身体への影響はベクレルの大きさで云々するのでなく、シーベルト値で評価する必要があるのです。
 これらをたとえて言うなら、ベクレルは雨雲のようなもので、その雨雲はどれだけ雨を降らせる能力(放射能)があるかということになります。能力が大きければ土砂降りの雨を降らせます。小さければ、雨はパラパラとしか降りません。降るものが雨か、ヒョウか、雪になるかは放射線種の違いということです。シーベルトは、雨雲から降るものによって、濡れて身体がどれだけ冷えるか(影響)ということになります。強い雨にあたりズブ濡れになると、身体は冷えて風邪をひき、酷ければ肺炎にもなるでしょう。つまり大量の放射線を被曝すれば、このことと同じように身体に何らかの症状が現れるのです。
 では、どんな場合に放射線を受けるのかというと、これは原爆や原発事故に限ったことではありません。普通の日常生活の中に自然放射線として存在し、太古の昔から被曝し続けているのです。我々日本人は、年間で約1.5ミリシーベルトの自然放射線を受けています。その内訳は、宇宙から0.3、地表から0.4、空気中から0.6、食物から0.2(何れも単位はミリシーベルト)を受けています。自然放射線の中には、このほかに人体そのものが発する放射線があります。えっ!と、思われるかもしれませんが、体重60kgの人は約6000ベクレルの放射能を持っているのです。人の成長や骨格形成に欠かせないカリウム404000ベクレル)や炭素142500ベクレル)などの形態で存在するのです。自身が持つ放射能による被曝は年間約0.2ミリシーベルトになります。
 これらの量を足し合わせると、何もしなくても生涯で100120ミリシーベルトの量を被曝することになりますが、実は《この被曝量によって何らかの症状が現れる》と断言できる証拠は見つかっていないのです。放射線にあたって壊れた細胞は、死んで老廃物となって排出されます。この分は、正常な細胞が分裂して補います。新陳代謝という、生きものの特性があるから大丈夫なのです。太古の昔から自然放射線と共存し、抵抗力を身に付けてきたとみるべきです。
 食物はどうでしょうか。食物の放射能はベクレル値で測定され、通常1kgあたりのベクレル値で表わします。これに実効線量係数という放射性核種毎に異なる値をかけてシーベルト値に変換します。人体に取り込まれた放射性物質は、半減期や排泄によって時間と共に減少しますが、完全にゼロになるまで被曝を続けることになります。この期間の全被曝量を求めるための係数が実効線量係数なのです。成人の場合は1回の摂取につき、この期間として50年を考慮した値がシーベルト値として計算されるのです。
 例えば、1kgあたり500ベクレルの放射性セリウム137を含むアユを、全部食べた(経口摂取)とします。セシウム137を経口摂取した場合の実効線量係数1.3×10のマイナス8乗という値をかけると、500×1.3×10のマイナス8乗=6.5×10のマイナス6乗シーベルトとなります。ここで10のマイナス6 は百万分の1、即ちマイクロということで、6.5マイクロシーベルト被曝することになります。この値は、1回の摂取で50年間の全被曝を考慮しているので、食べ続けない限り加算されてゆくことはありません。この程度の値であれば全く問題ないと言えます。しかし、乳幼児の牛乳、主食のお米など毎日食べ続けるものは、食べる毎に被曝量が積算されてゆくので注意する必要があるのです。
 食品の規制値が1kgあたり500ベクレルの暫定値から100ベクレルに引き下げられました。60kgの人が持つ自然放射能約6000ベクレルを1kgあたりに換算すれば、ちょうど100ベクレルになります。人体と同じレベルなら、問題ないだろうという発想で決められた値と思われます。では、500ベクレルという値は何だったのか、これは事故時等における緊急避難的な値として暫定的に示された規制値なのです。東電や政府の発表によれば、昨年12月「原発事故は収束」したとのことなので、自然放射線レベルまで引き下げられたのです。当然年間の許容線量も、暫定的には20とか50ミリシーベルトとか高い値で報道されていたのを皆さんも覚えているかと思いますが、この値が一般公衆の年間被曝限度として“1ミリシーベルト”、つまり自然放射線レベル以下に引き下げられたのです。事故が“収束”したか、まだかということの違いなのです。
 では、放射線をどれだけ被曝すると、どのような症状が現れるかということに触れます。大量の放射線を被曝すると火傷や癌などの症状が現れます。火傷の症状が現れるのはミリシーベルトの1000倍、ミリの付かない数シーベルト以上の値です。このような値を被曝すると、もはや細胞分裂が追いつかなくなるか全く止まってしまい、火傷のような症状を現わし死に至る確率が非常に大きくなります。でも、これは特殊な場合で、原爆被爆者か数年前に起こったJCO臨界事故で被曝した作業員の例があるくらいです。今回の原発事故においても、職業人として一般公衆と区別されている作業員でも、200ミリシーベルトを超えないように管理されているのです。
 先に述べた通り、生涯を通し100ミリシーベルト程度被曝しても、癌などの病気になるという明確な証拠はありません。しかし、癌などの病気は複合的な要因が重なって起こる場合が考えられます。そこで、100ミリシーベルトを1000人が被曝したとすると、およそ5人が癌で亡くなる可能性があるとして、国際放射線防護委員会ICRPは《As low as possible :被曝量はできるだけ少なくすることが大切である》と勧告しているのです。現在、日本人は放射線以外の要因で約30%の人が癌で亡くなっています。つまり、1000人のうち300人が癌で亡くなっているのが、5人増えて305人になる可能性があるということなのです。
 この値が大きいか、小さいかは各自で判断の分かれるところですが、少なくとも釣り人が釣るアユや渓魚を食べて、自然放射線による被曝量のミリシーベルト(マイクロシーベルトの1000倍)に達するには、トンに近い量を食べなければならないことが判ります。
 漁場を管理する漁業組合は、規制値を超えたということで禁漁にすれば補償を請求できます。釣り人から“釣り”を奪ってしまったら、残るのは身体的ストレスだけです。釣り人は黙っていてはいけません。「この現状を適切に判断し、漁協も釣り人もお互いに知恵を出し合って、釣りと釣り場を守って行きたい」と、団結して声をあげなければならないと思います。
 なお、本原稿の執筆につきましては、小野田武司理事のご協力をいただきました。
            (日本友釣同好会の諒解を得て掲載しています)